最近の漫画とかラノベとか、登場人物の名前入ってると売れるの、あれなんでですか?

小学校低学年の頃、宿題として日記がよく出された。

小学生でもやる人間としての1日の共通項なんて「食べた・寝た」くらいしかないのだからそれだけ書けばいいと思うのに2ページも書いてこなくてはならなかったのだ。

私はそれが苦手だった。

なんで食べた・寝た以外のプライベートをしかも毎日違う内容で、書かなければいけないのか。しかも2ページ。

小学生からすれば非常に面倒臭い。面倒の極み。

その日記を、親が考えた内容で書かされていた。手伝っていたとかではなく、親が考え、私が書いていたのだ。

理由は思い出せないが、たしか私の書く日記の内容が薄くて面白くなかったとか、そんな感じだった気もする。

内容はというと、夢オチがほとんどだった。

締めの一文が「はぁ、夢でよかった。」とか、「朝目覚めると手に汗をたくさんかいていました。こわかった」とかそんな感じで終わる事が多かった。

たくさん遊んでいて疲れてよく眠る子供なのに毎日夢を見るってわけもないだろうしそもそも私はそんなに手汗はかかない。

「虚」である。

前回のブログで「中の飲み物がすべて『つめたく』なった自販機を見てなぜだか哀愁を感じた。」と言った。それは多分夏場に熱い飲み物を飲む人間達を完全に無視しているから、というよりは中の飲み物がすべて「つめたく」揃っているのと、薄いアクリル板にはね返えるきらびやかなネオンが「虚」に見えたからだ。

東京は特に「虚」である。「虚」のかたまり。

歩いているみんながみんな、なにかを纏い、装い、偽っている気がする。

それでもいい。それで生きるためにそうしなければならないのならそれでもいいのだけれど。

孤独を埋めるためのきらびやかなネオンも、小学校低学年の頃書いてた日記も、すべて愛おしい虚。偽りである。